.海外訪問調査

海外訪問調査(フィンランド・ドイツ)
美馬のゆり  中原 淳  関根 仁博

1. 研究目的
   この研究の目的は、先進的な海外のIT関連企業と教育機関を調査し、わが国の教育におけるICTの有効活用やその将来のあり方について検討することである。

2. 研究背景
   近年わが国では、学校教育分野、生涯学習分野等における情報化を積極的に推進しており、これらの分野におけるパソコンをはじめとしたIT機器の活用が定着しつつある。特に近年は、著しい情報通信技術の発達により、携帯電話や個人用携帯情報端末(PDA)あるいは、電子ブック、手書き入力システムなどの携帯型のIT機器が急速に普及し、これら機器の教育分野への活用の可能性が指摘されている。

 上述の状況を踏まえ、フィンランドとドイツにおける情報通信機器の教育的利用の動向について、関連機関を訪問調査し、意見交換を行った。

3. 日程および訪問先
  3月3日午前 ヘルシンキ大学ICT教育センター
3月3日午後 ヘルシンキ芸術デザイン大学メディアラボ
3月4日午後 タンペレ工科大学ポリキャンパス高等マルチメディアセンター
3月6日午前 バイエルン州立学校教育・教育促進研究所メディアグループ
3月7日午後 シーメンス本社(開発本部、経営本部、ミュンヘン工科大学)
3月8日終日 シーメンス本社(e-learning、school on the nets、高等教育利用)

4. フィンランド
   学習終了後に、総合的な評価を行い、一人ひとりの児童の持つ課題を見つける。5年生112名。
  (1) 概要
     国土面積は340万平方キロメートル、総人口は516万人である。首都ヘルシンキの人口は、約55万人であり、総人口の10分の1となっている。公用語はフィンランド語とスウェーデン語で、人口の94%はフィンランド語、6%はスウェーデン語を話す。7歳から外国語教育が開始される。

  (2) 教育制度
     フィンランドの教育制度については、わが国ではあまり知られていないため、参考のためにこの節に掲載する。ここで掲載した(2)の内容はすべて、フィンランド文部省発表資料より改編したものである(http://www.moimoifinland.com/finland.html#)。

 フィンランドの教育制度は、総合学校、義務教育以降の普通教育と職業教育、高等教育および成人教育から成り立っている。就学前の教育はフィンランド厚生省管轄下のデイケアセンター(保育所)で任意に受けられ、過疎地域では総合学校に併設されている。教育は公用語であるフィンランド語かスウェーデン語で行われ、スウェーデン語を話す少数派(人口の約6%)にもフィンランド語を話す人々と同じ教育の機会が保障されている。

  総合学校
     フィンランドでは、総合学校の修了をもって義務教育期間が完了する。7才(特別な場合は6才)で就学し、その後10年間又は学校を卒業するまでが義務教育となる。

 総合学校は9年制で、6年制の初等課程(小学校)と3年制の中等課程(中学校)に分かれている。総合学校を修了しても、生徒は、有利に進学するため更にもう一年在籍する事ができる。総合学校を修了した者は全て、同一の進学資格を有する。

 総合学校の教員には修士号の取得が義務付けられている。初等課程の学級担任は教育学の学位、各科目の担当教員は各専門科目の学位の取得が義務付けられており、各学位プログラムには教育研修が含まれていなければならない。

 総合学校教育は国の総合的教育方針と教育課程の指導基準にしたがって行われているが、地方自治体が実際の教育カリキュラムを編成し、年間の履修計画は各学校が立てている。1994年度の教育課程制度の改革以降、より自由な科目編成の権限が学校側に与えられるようになった。

 総合学校教育は全ての生徒に無償で提供され、各地方自治体は、その地方在住の義務教育就学学齢児童全員に、総合学校教育を受ける機会を与えなければならない。1998年には、総合学校は全国で4,203校あり、児童・生徒数は591,679人であった。うち約6%がスウェーデン語の学校に在籍している。全学校の1%強は私立学校であるが、同じく文部省の管轄下に置かれている。

  義務教育修了後の教育
     総合学校を卒業した者は、高等学校又は職業専門学校に進むことができる。職業学位の取得や高等学校の履修科目を修了するため、これまで以上に幅広い機会の提供を目的とした高等学校教育の試みが行われている。この項では、高等学校にのみ説明する。

 1996年には総合学校卒業生の55.3%がそのまま高等学校に進学し、36.8%が職業専門学校に進んでいる。どちらの教育機関も無料で教育を提供している。国は1969年以来、義務教育修了後の中等および高等教育すべての学生に対し、財政補助をしてきた。

○高等学校
 高等学校では大学進学を目指す生徒に、普通教育を行う。高等学校で3年間勉強した後、生徒は国が行う大学入学のための一般的な資格基準である大学入学資格試験を受けることができる。

 高等学校の教育課程は、規定によりかなり均一化されているが、語学、科学、スポーツ、音楽、美術の専門高校もある。1994年の教育課程改革後、選択科目の範囲が広がり、各学校が以前よりも個性を出せるようになってきている。

 高等学校は全国を網羅するように配置され、1998年には、全日制の高等学校が447校あり、生徒数は112,926人であった。約6%の生徒はスウェーデン語で授業を受けた。

  高等教育
     高等教育は、伝統的な大学部門と非大学部門の高等教育機関によって行われている。後者には現在、高等職業専門学校AMK(Ammattikorkeakoulu= Politechnic)における教育および職業教育機関による高等教育の2つがある。この項では、大学教育のみ説明する。大学は毎年新規学生を約23,000人受け入れる。AMKを含めると、対象年齢層の50%以上に高等教育の機会が与えられる。

○大学教育
 フィンランドには大学が20校あり、総合大学は10校、単科大学は10校である。その内3校は経済・経営学専門、3校は工学・建築学、その他に、音楽、工芸デザイン、造形美術、演劇・舞踊が各1校である。大学のネットワークは全国を網羅する。スウェーデン語で授業を行っている大学が2校あり、フィンランド語の大学にも、スウェーデン語での授業を設けているところもある。

 大学は全て国立で文部省の管轄下にあるが、教育、研究のみならず学内の問題については広範な自治が認められている。大学の財政の4分の3は国家予算で賄われる。大学は国家支出の約3%、教育・科学・文化支出の19%強にあたる。文部省と大学が行う実績主義による現行の運営制度の下、大学運営費は、基本経費(90%)、実績に基づく経費(5%)、プロジェクト経費(5%)から成る予算配分によって充当されている。プロジェクト経費は、国家的に重要な新しい研究や教育プロジェクトを目的として割り当てられている。大学は授業料を徴収せず、民間からの資金は全予算のわずか3%に過ぎない。

 各年齢層の約60%は大学入学資格を取得している。通常、大学1年生のほとんどは入学に必要な大学入学資格試験に合格しており、同試験を受けていない学生はわずかに4%である。1980年代の職業教育改革の過程で、大学入学の制度が、中等教育後の職業教育修了または高等職業教育修了資格を持つ学生にも導入された。この様な大学進学方法は以前は分野が限られていたが、1991年以降全学部が対象となっている。

 政府は、必要とされる総労働力の予測に基づいて、各学部の卒業生数の国家目標を設定し、教育、研究の開発計画を立案する。大学は、毎年文部省との協議によって設定した学位取得の目標数にしたがって、入学割り当て数を調整する。どの学科にも「定員」がある。入学を認められる学生は、大学入学希望者の半数に満たないが、学部によってかなりの違いがある。大学は、正規の大学入学資格を有する志願者の中から、独自の選考基準にしたがって入学者を選出する。

 大学の学位制度は、1994年以来再検討され、1997年秋までに、全学科レベルで改革が行われた。以前、大学の学位取得プログラムは、修士号など通常高い学位を目指すものであった。改革によって、ほぼすべての科目について学士号が導入された。また、学生は大半の分野で、博士課程に進む前に、博士課程前の学位であるリセンシアートを取得できるようになっている。

 大学教育は、基本的に研究と教育の統合を目指している。芸術系大学も含め、全ての大学でリセンシアート又は博士号の資格が得られる。この10年間で年間の博士号取得者数が2倍に増えている。大学院教育は、多くの面で強化されてきている。1995年、研究者教育を補完するために新たな大学院制度が導入された。現在100近い国立研究所が、博士課程の学生に約1,000の常勤の職を提供している。さらに、いくつかの分野における大学間の全国的なネットワークの構築、新たな国際的な提携先の確立、経済・産業界との協力関係の強化が図られた。

○大学および関連政府機関サイト
1)大学に関するサイトは以下の通りである。
University of Helsinki:www.helsinki.fi
University of Joensuu:www.joensuu.fi
University of Jyvaskyla:www.jyu.fi
University of Kuopio:www.uku.fi
University of Lapland:www.urova.fi
University of Oulu:www.oulu.fi
University of Tampere:www.uta.fi
University of Turku:www.utu.fi
University of Vaasa:www.uwasa.fi
Abo Academy:www.abo.fi
Hanken-Swedish School of Economics and Business Administration:www.shh.fi
Helsinki School of Economics and Business Administration:www.hkkk.fi
Turku School of Economics and Business Administration:www.tukkk.fi
Hesinki University of Technology:www.hut.fi
Lappenranta University of Technology:www.lut.fi
Tampere University of Technology:www.tut.fi
Academy of Fine Arts:www.kuva.fi
Sibelius Academy:www.siba.fi
Theatre Academy:www.teak.fi/
University of Art and Design Helsinki UIAH:www.uiah.fi

2)関連政府機関に関するサイトは以下の通りである。
教育省 Ministry of Education:www.minedu.fi
教育局 National Board of Education:www.oph.fi

  (3) ヘルシンキ大学
  大学概要
     1640年アカデミー・オブ・トゥルクとしてトゥルクに創設された、フィンランドで最初の大学であり、現在でも規模の一番大きなものである。トゥルクの大火によって校舎が焼失したため、1828年に首都ヘルシンキに移転した。現在では、ヘルシンキ市内の約60か所に校舎が点在している。9学部から構成され、医学、法学、芸術、科学、工学などを有する総合大学である。

 2001年の統計では、学部学生 が37,244 名(63%女性)、留学生が1,190名、教員および研究者が3,469名、非常勤講師が2,383名、その他のスタッフが3,541名となっている。

  Finnish Virtual Universityプロジェクト
     バーチャル・ユニバーシティは、国立大学20校がコンソーシアム形式で運用しているプロジェクトである。その運用をヘルシンキ大学のEducational Center for ICTが担っている。教育省の支援を受け、2000年から2004年までの教育・訓練・研究のための国家戦略として位置づけられている。

 Finnish Virtual Universityに参加している大学は、すべて国立である。国立大学の間にはこのプロジェクト開始前から、既に単位互換制度が成立している。そのため、virtual universityとしてポータルサイトを構築することにより、オンライン教育においても単位互換は制度として容易に確立できる。わが国では、コンソーシアム型のvirtual universityの可能性を模索しているものの、現実の教育においても単位互換が難しいために、その実現が困難となっているのが現状である。しかしながら、岐阜県などいくつかの地方公共団体(公益法人)がイニシアティブをとり、同じ地域に属する大学間で単位互換制度を締結させ、e-learningによって単位取得できるシステムを確立しようとしている動きもある。今後、日本でも急速にこうした動きは進展するものと予想される。

 なお、電子的に提供している教材等に対する著作権処理等について質問したところ、教材の多くは大学の出版局が出版しているものであり、また、その著者や作成者も大学の教授等であることが多く、著作権処理は比較的容易に行えるとのことであった。

  ICT教育センター
     ヘルシンキ大学では、約3,500人の全教職員を対象としたスタッフ・ディベロップメント・センターをICT教育センター として2000年1月に設立した。最終的な目標は、2004年までに、全教職員がインターネットやワープロ、e-mail等の基礎的なIT機器を操作することが可能になるだけでなく、ビデオ会議や電子的な教材を活用した授業を展開するなどの能力を身につけることである。

 このセンターでは、技術的な支援だけではなく、教授学的な支援も行っている。さまざまなレベルに分け、常時セミナーを開催している。訪問当日は、数名の参加者に対して、パワーポイントの利用法の講義と演習を行っていた(写真1)。センターにある講義室は、30人ほどの講義スペースで、無線LANのついた貸出用のノートブック・コンピュータが用意されている(写真2)。セミナーは、レベル別に、特定のソフトウェアの利用法や、テレビ会議やWebを利用した教授方法などが用意されている。その3つのレベルのシステムは、以下のようになっている。

 1)1週間のコースで、基礎的な技術を学ぶ。
 2)3−5週間(半年)のコースで、教育におけるICT利用に関するさらに進んだ技術について学ぶ。
 3)15−35週間(1年から1年半)で、専門的な技術について学ぶ。1週間あたり40時間。

写真1・ICTセミナー風景  写真2・ラックに並ぶ貸出用マシン


  Virtual learningの未来についてのディスカッション
     Virtual learningは、時間と場所の制約から学習者を解放するばかりでなく、キャンパスにおける学習も増強する。携帯端末は、携帯学習につながる。e-bookやビデオ会議など、マルチメディア利用の可能性もある。またオンライン・コミュニティによって、学習過程を文章化(言語化)し、知識を共有・構築していくことにもなる。しかしながら、学習者をいかに関与させていくかが問題となる。このようなvirtual learningの環境では、教員の技術が必要なくなるわけではなく、かえって重要性が増すことになる。したがって、教員には、ICTの技術の習得だけではなく、教授法についても支援していく必要がある。

 なお、フィンランドのインフラの状況については、各大学間は1ギガの光回線で接続されているが、フィンランド全体としてのブロードバンドの普及率は、さほど高くないとのことであった。ただし、学生寮などは大学の付属施設として512メガの回線が利用できるところもあり、全学生の約半数がブロードバンド回線の利用者ではないかと予想される。

  Learning Technology Network
     ヘルシンキ大学のDepartment of General Linguisticsが中心となり、Learning Technology Networkを形成し、コース教材の開発と運営を行っている。ここではフィンランド国内の6大学間で、言語学(自然言語処理)などの教科を対象としたWebコースを作成し、共有している。テレビ会議なども頻繁に行っている。このWebコースは、授業で利用されるほか、自習や復習にも利用可能となっている。高速回線の引かれていない自宅からの利用も考慮し、ビデオクリップは3分以内のものに制限している。

 これらのWebの閲覧については、一般の利用を制限してはいないが、特に広報を行っていないため、利用者は学生に限定されている。一般の利用者がこのWeb教材を利用して単位を取れるようにする予定はなく、そのようなものは、Open Universityとして、別組織が行っている。
 Web全体のデザインやビデオクリップのカメラアングルなど、かなりよくデザインされている。これらをこのセンターの技術者たちで作っているということから、スタッフの質の高さをうかがい知ることができる。このような専門的技術を有したスタッフを柔軟に雇用できるシステムの確立が、わが国の高等教育機関においても必要である。

  (4) ヘルシンキ芸術デザイン大学
  大学概要
     ヘルシンキ芸術デザイン大学では、デザイン、映像、モーションピクチャ、視聴覚コミュニケーション、芸術教育、芸術の分野の研究を行っている(写真3)。5学部と17の教育研究科がある。この大学はスカンジナビア地域で最も規模の大きい芸術学校である。約1,700名の学生がおり、そのうち14%が留学生で、教員は約400名である。

 ヘルシンキ芸術デザイン大学の前身は、1871年に創設された彫刻学校である。大学は1987年から陶器メーカーArabia社の工場の一部を改装して、校舎として利用している。1999年夏に完成したLume:メディア研究開発のためのフィンランドセンターは、大学の歴史の中で最大のプロジェクトである。メディアセンターLumeは、演劇、フィルム、テレビ、ニューメディアなどのデザインに関する研究を行っている。センターは映画や演劇のための劇場や、ギャラリー、情報センターを有していることから、この地域は文化的な中心となっている。

写真3・ヘルシンキ芸術デザイン大学とその内部


  メディアラボ
     メディアラボは、新しいメディアの教育と研究を目的として、1993年にヘルシンキ芸術デザイン大学内に設立された。大学のこの研究科は、コンテンツ開発、情報デザイン、インタラクティブな物語、仮想環境、未来におけるメディア・ソリューションなどの分野における教育と研究を行っている。その活動は、設立以来、積極的に国際共同的なものとなっている。メディアラボには現在、修士課程120名、博士課程15名の学生が在籍している。Dialogueプロジェクトは、人間とコンピュータが、音声認識−音声回答を行うシステムの研究開発である。路線バスの時刻表の問い合わせシステムとして実装実験を行っている。

 FLE3:Future Learning Environmentプロジェクト(http://fle3.uiah.fi)は、言語の種類を問わない、国際的な利用を視野に入れた、協調学習支援システムの研究開発である。CSILE(カナダのトロント大学で開発された協調学習支援ソフトウェア)に似たシステムをフリーのソフトウェア(GPLライセンス)にて公開している。特徴的な機能としては、発言ラベルを編集・作成できる機能、階層型のファイル共有システム(Jamming)などがある。このCSCL(協調学習支援システム)分野の研究については、ヨーロッパにおける情報サイト、Euro-cscl.orgがあり、FLE3も参加している。

  (5) タンペレ工科大学ポリキャンパス
  大学概要
     タンペレ工科大学は、工学と建築に特化した教育、研究施設としての役割を担っている。建築、都市工学、電子工学など10の学部があり、33の大学院研究科から構成されている。学部生数は約9,000名、大学院生が約1,650名、教員および研究者は約1,000名である。メインキャンパスは、ヘルシンキから特急列車で2時間弱離れたところにあるタンペレ市にある。今回訪問調査したポリキャンパスは、タンペレ市から普通列車で1時間離れたポリ市にある。このキャンパスは、技術工学および経済科学に関する研究開発に特化した教育および研究を行っている。校舎は、繊維工場のビルの一部を改装して利用されている(写真4)。ポリキャンパスでは、以下の分野についてグループが存在し、研究が行われている。

写真4・タンペレ工科大学ポリキャンパスの建物とその内部

1)Software Engineering
2)Technology Management
3)Telemedicine
4)Digital Signal Processing
5)Telecommunication
6)Modern Learning Environments
7)Flip Chip Technology
8)Industrial Management

 今回の訪問調査では、ポリキャンパスで上述の5番のグループ「テレコミュニケーション」に所属している、高等マルチメディアセンターのJari Multisilta教授の研究室を訪れ、そこで行われているいくつかの研究プロジェクトを紹介され、意見交換を行った。

  携帯電話の普及率に関する調査結果
   
 携帯電話の普及に関する調査結果の報告がなされた。フィンランドの公立校(初等教育から高等教育まで)の授業料は無料である。しかしながら、携帯型情報端末(特に携帯電話)の価格はわが国に比べ非常に高い((6)参照)。この価格の高さが理由となって、それを用いた実践を行っている学校は非常に少ない。

 9歳から20歳までの若年層の携帯電話所有率についてプレゼンテーションがあった(表1)。それによると、9歳から10歳の子どもでは、2000年に所有率が20%であったが、2002年には70%に増加している。11歳から12歳では、2000年の所有率が40%から、2002年には70%に増加。13歳から16歳では、2000年の70%から、2002年には90%に増加している。17歳から20歳では、2000年90%から、2002年にはほぼ100%に達している。

表1・若年層の携帯電話所有率の変化

 これらの結果から、フィンランドでは年々携帯電話の所有開始時期の若年齢化が進んでいることがわかる。わが国の状況とは異なり、フィンランドでは9歳の子どもにでも、親が携帯電話を所有させる率があがってきている。


 次に、若年齢層の携帯電話購入理由の調査結果では、機能の向上が50%、価格17%(日本と違って、価格が高い)、通信会社を変更したい、デザイン(7%)という回答であった(表2)。一般に携帯電話に新しい機能が付加されると、新しい携帯電話を買い換えたくなるようである。
 携帯電話の機能面については、フィンランドと日本には違いがある。フィンランドで現在若年齢層に普及している携帯電話は、ほぼ2年前に日本で普及していた携帯電話と同等の機能を有するものである。
 
 日本で爆発的に普及した携帯電話からのインターネットメール機能は、これらの電話にはまだ実装されていない。フィンランドで普及している携帯電話は、160文字までのショートメッセージを送受信できるものであり、インターネットには対応していない。この機能は、発売後、爆発的にヒットしたが、現在は落ち着いている。

 若年層の携帯電話の利用頻度は9歳から20歳の若年齢層は、月に60回から90回の電話をかけ、月に60回から90回のショートメッセージに発信する(表3・4)。通話の頻度に年齢差がないことが、この調査結果から明らかになった。

表3・表若年層の通話頻度


表4・若年層のショートメッセージ発信頻度




  xTask
     モバイル・プラットフォーム非依存のe-learning学習環境を開発しているプロジェクトがある。この環境では、機種に依存しない学習環境をWebサービスとして学習者に提供する。各種PDAやNokia Communicator(PDAの機能をもったノキア社製の携帯電話)など、異なるプラットフォームからアクセスしても、同じインターフェースで学習を進めることができる(写真5)。

  PDAを利用した学習ドリルの開発
     幾何学習のドリル型CAIをiPAQ(コンパック社製のPDA)に実装する開発研究も行っている。このシステムは、学習者の回答と問題の難易度をマッチングさせ、問題を提示する(写真6)。回答者があるレベルの問題に正解すると、次に難しいレベルの問題を出題し、答えを間違うと、同じレベル、あるいは易しい問題を出題するという機能を有している。このシステムを用いる学習者は、自分の理解度に合った問題を順次解くことで、ステップアップ型の学習を進めることができる。通常のパソコンに比べ、起動に時間がかからないこと、手軽に持ち運べることなどが、PDAの学習場面への応用の可能性を示している。



  博物館と学校の連携学習の携帯端末利用
     このセンターのプロジェクトとして、携帯情報端末を活用して、学校内の学習と社会教育施設における学習を結びつける試みも行われようとしている。このプロジェクトはLearning in Museumと呼ばれ、高校生を対象として以下のような学習活動を展開しようとしている。
 1)学校の授業において、学習者個人が自分の作品を作る
 2)1)で制作した作品に対して、学習者相互にコメント、アドバイスを述べ合う
 3)1)で制作した作品について、学校外の社会教育施設に出向いて調べ学習を行う
 4)教室に戻り、学習者相互に調べた内容をもとにディスカッションを行う

 この学習活動の特に調べ学習の段階において、以下のように携帯型情報端末を活用する。
 1)VOICE NOTE:携帯電話に実装されたICレコーダに声を記録する
 2)VISUAL NOTE:カメラ付きPDAによって、対象物を記録する
 3)TEXT NOTE:調べた結果のメモとしてとしてPDAを活用する

 このプロジェクトは、まだ始まったばかりである。したがって、実際にどの程度有効に携帯情報端末が活用できるか、結果が期待される。一般的にこのようなプロジェクトにおいて効果的な学習を誘発するためには、「携帯情報端末を使うこと」を優先してプロジェクトを推進するのではなく、「携帯情報端末が必要になる活動や場面は何か」からカリキュラムを構築する必要があると考えられる。

  (6) ヘルシンキにおける携帯電話の価格調査
     ヘルシンキ市内にある一般的な携帯電話販売店において、携帯電話の価格調査を行った。そこでは、ノキア社製携帯電話の最低価格は110ユーロであった(1ユーロ約130円)。高校生などの若年層を対象にしている携帯電話は、200ユーロ以下で購入できる。最高価格は、PDA機能つきの携帯電話であり、980ユーロであった。こちらは、大型の液晶画面、キーボードが付属しており、インターネットメール、ウェブブラウジング、ワードプロセッサが可能である。

 シーメンス社製携帯電話は、録音機能付きのものが、215ユーロで、画面は白黒である。カラー液晶でカメラを付加することができるものは、420ユーロであった。

  (7) ヘルシンキ国立博物館の展示システム
     ヘルシンキにある国立博物館では、展示支援として、展示を解説するタッチパネル式の端末がある(写真7)。博物館内の数ヶ所に設置されている。いずれも、フィンランド語、スウェーデン語、英語の3ヶ国語に対応している。来館者は、教師に引率された小学生の団体のほか、親と共に来ている子どもたち、観光客、お年寄りの友人同士などであった。

写真7・展示を解説するタッチパネル式の端末とその画面


5. ドイツ・バイエルン州
  (1) バイエルン州における情報産業関連の経済状況
     本節におけるデータは、本研究調査の理解を助けるために、バイエルン州駐日代表部のデータ(http://www.jp.invest-in-bavaria.com/)を改編したものである。

 バイエルン州の広さは 70,552平方キロメートル、ドイツ国内で最大の州である。バイエルンは隣国であるデンマーク、オランダ、ベルギーより広く、アイルランドとほぼ同じ面積である。州都ミュンヘンはドイツ第2の都市である。

 バイエルン州は、ドイツのコンピュータ製造業界で働く総労働人口の36%、ドイツの電子機器製造業界で働く総労働人口の39%、ドイツのテレビや通信テクノロジー分野で働く総労働人口の21%、ドイツに進出しているソフトウェア会社の約40%(例えば、マイクロソフト、オラクル、ネットスケープなど)があり、ドイツの中でも最も重要な情報通信拠点となっている。

 バイエルン州政府は、情報通信セクター内の特定ターゲットグループに対して、数多くの事業促進プログラムを設けている。例えばバイエルン・オンラインがある。1994年の時点ですでに、バイエルン州政府は約1億5,000万DMを計上して、「バイエルン・オンライン」と題した行動計画を打ち出した。この計画は、将来を見据えた幾つかの重要プロジェクトを通じて、情報通信テクノロジーの速やかな普及を確実することを目的としている。州内の全域に効率的な高速通信ネットワークをすでに張り巡らせている。

 バイエルン州政府の推進プログラムの一つである"Software-Offensive Bayern"では、業界や研究機関の協力を受けて、ソフトウェアの開発とマーケティング部門で国内最大の振興地域であるバイエルンの現在の地位をさらに強固なものにすることを目指している。この分野の有名企業、業界団体、大学やその教育機関と協力して、特別な資格習得コースや訓練プログラムを提供している。

 新しい事業体の設立にも力を入れている。ミュンヘンでは、専門教育と特殊トレーニングの習得希望者、産業界や科学界で結成される研究グループ、情報通信セクターに新たに加わった企業家や会社創設の利用希望者に主眼を置いた「ソフトウェア・キャンパス」を建設中である。

 バイエルン州は、ヨーロッパで最も経済力を持った地域の一つであり、ハイテク産業とサービス関連産業の中心地となっている。70,000平方キロメートルの面積を持つバイエルンは、ドイツ最大の州である。経済力を州別で比較すると、それぞれの州民の数と正比例しており、現在1,200万人が住んでいるバイエルンは、人口1,800万のノルトライン‐ヴェストファーレンに次いで第二位に付けている。

 バイエルン州は東西南北の貿易交流の要所、つまりハブとなっている。ヨーロッパのあらゆる経済中心地に簡単にアクセスできるヨーロッパの中央に位置する立地である。バイエルンは、ドイツで最も経済成長率の高い地域である。州民一人当たり27,000ユーロ以上のGNPを誇っており、世界で最も購買力の高い市場のひとつとなっている。

 バイエルン州には大学が11校、総合技術専門学校が15校、そして大規模な研究センターが3施設も設立されている。中でもマックス・プランク研究所に付属する11の施設とフランホ−ファ−研究機構に付属する8つの施設は、バイエルンが世界で最も重要な研究施設の集中地域の一つに位置づけられる礎となっている。

  (2) バイエルン州立学校教育・教育促進研究所
    Staatsinstitut for Schulpaedagogik and education research
Innovation for school and education (ISB)

  研究所概要
     ISBは、実際学校で応用可能な学校のための実践的な研究を行っている(写真8)。バイエルン地方の学校教育を促進するために、国家の部門を支え、助言する。ISBはすべての種類の学校へ研究結果を提供することを目的としている。研究テーマとしては、カリキュラムの開発、学校の実践評価、学校が利用可能な情報やそのメディアを利用したコンテンツ開発、教師教育などがある。これを初等教育、中等教育、特殊教育、職業教育などの部門に分け、行っている。この研究所の研究員は、社会学、心理学、教育科学、哲学、人文地理学などの専門家で構成され、異なった分野の研究者が密接に協力して研究を行っている。研究結果はすべて出版され、総リストは、www.isb.bayern.deで入手可能になっている。ホームページは現在のプロジェクトについて説明が掲載されている。

 州立学校教育研究所 は1971年9月1日に設立された。前身は、1966年から1971年まで存在していたギムナジウム教育研究所である。1971年に、それまでのギムナジウム教育研究を一部門とし、すべての学校タイプの部門をそろえ、現在の研究所が始まった。それは、バイエルン地方全体の整理された学校教育の安定した、意図的に促進するための学校教育研究所となった。


写真8・バイエルン州立学校教育・教育促進研究所のある建物

 1984年1月1日に教育の研究のための部門が拡張された。そこで名称も学校教育(Schulpaedagogik)と教育促進の研究(ISB)のための州立研究所になった。2001年には、メディア部門が設立された。これまでの映像資料が整理蓄積され、コンピュータのための中心的なオフィスとなった。教育研究と学校とが密接に織り交ぜられ、ISBの新たな仕事を作り出していった。それは、コンピュータやメディアを利用した教育の研究や学校の転換にかかわっている。

  メディアグループとのディスカッション
     この研究所では、初等教育、中等教育、特殊教育、職業教育などの研究者が横断的に「メディアグループ」を組織し、教育の情報化を推進しようとしている。バイエルン州では、「メディアを用いた教育」の普及活動はまだまだこれからである。バイエルン州での教育の情報化については、1)学校現場におけるICT環境の整備の遅れ、2)教師の指導力以前の問題として、コンピュータやインターネット等の技術的操作能力の欠如等が課題としてあげられる。それらの問題を解決する際に留意すべきことは、以下の通りである。

 1)ともすれば人々は新しい技術を肯定的に受け止めがちであるが、ICTの教育分野への導入に際しては、まず教師が子どもたちに何をさせたいか(提供するのか)を考え、その手段としてICTを位置づけるべきであり、「ICT技術ありき」になってはいけない
 2)「ICT機器を授業にどう活かすか」を目指すのではなく、「新しいメディアを利用した新たな授業」を目指すこと
 3)教師がメディアを用いた教育を積極的に行えるよう、メディアを利用した教育の妥当性を調査結果から、教師に提示していくこと。つまり、そうした教育を行うことは、時間と労力の無駄ではないことを説得すること

 上記の事柄に注意し、具体的には「情報教育の優れた実践例」をWebやパンフレット等のメディアを用いて、教師たちに提示していきたいとした。

 携帯電話の利用に関して尋ねたところ、多くの子どもが学校に持ってくるようになってきているという。しかし、携帯電話は「私的領域(private sector)」に属するメディアであるので、それを活用した教育や利用実態の把握調査は公的機関が行う必要はないと答えた。携帯電話は「学校に関係する問題」ではないとのことであった。

  (3) シーメンス本社
  シーメンス社概要
     ドイツ・ミュンヘンに本拠を置くシーメンス社は、1879年に創立者であるヴェルナー・フォン・シーメンスが世界で初めて電気機関車を発明したことから始まった。現在、輸送機器、医療機器、通信機器の開発では、世界有数のメーカーとなっている。シーメンス社の従業員数は全世界で42万人、バイエルン州だけで10万人である。

 わが国においては、個人顧客に対する販売は行っていないが、ヨーロッパにおける携帯電話の開発では近年、ノキア社に次ぐメーカーとなっている。そこで今回、シーメンス本社に訪問調査を行った(写真9)。


写真9・シーメンス本社の正面の建物と敷地模型

 シーメンス社の2002年度の全体売り上げは840億ユーロである。このうち26.4%がICT関連であり、そのうちの75%は、5年以内に新規開発されたものである。研究開発費は、
IBMとほぼ同額の58億ユーロで、売り上げの6.9%を研究開発費に充当している。そのうちの40%強は情報通信技術の研究開発である。このことから、シーメンス社がICTに関連した研究開発に力を入れているかを知ることができる。

  シーメンス社における研究開発
     シーメンス社は主に以下の7部門から成り、各グループで研究開発が行われている。

1)情報・通信部門
 情報・通信ネットワーク、モバイルなどのグループからなる情報・通信部門である。世界規模で、IT分野とテレコミュニケーション分野を統合し、さらなる強化を図っている。
2)オートメーション・制御部門
 顧客である企業の最適な生産システム、コスト削減、プラントの効率化を図り、生産および物流の自動化、ビルの効率化の分野におけるソリューションを提供している。
3)発電システム部門
 発電プラントによる電力・熱の供給および経済的かつ安全な送電を実現する。
4)交通システム部門
 車両用電気機器から信号・コントロールシステムにいたるインテリジェント鉄道に必要なあらゆるシステムを提供している。
5)医療部門
 高度な医療ソリューションの提供および診断・治療のサポートを行っている。MRIやCTなど最先端医療装置の開発に力を入れている。
6)小売部門
 富士通と提携したパソコンやPDAなど、携帯電話などの移動式コミュニケーション端末、家庭用電化製品の開発と販売を行っている。
7)サービス
 上記6部門の研究開発力と長年の経験と実績を生かし、顧客の必要に応じたビジネス・サービス、エネルギー・サービス、金融サービス、産業サービス、社員教育などを行う。

  Notebook Universityプロジェクト
     シーメンス社がICTを利用した研究開発を大学と行っているプロジェクトがNotebook Universityである。ドイツ教育省の推進する20大学が参加するイニシアティブである。2年間で2,500万ユーロの予算で実施されている。ノートブック・コンピュータを各学生に持たせる。学内には、セキュリティの確保された無線LANがはりめぐらされており、そこで新たな教育活動を実験的に行う。

 今回紹介されたものは、ミュンヘン工科大学で実施されている、ソフトウェア工学のプロジェクトARENAである。ここではピア・ツー・ピアの多人数参加型ネットワークゲームを開発する。Real experience in software engineeringを追求する。真の学びは、現実の問題(real problem)と、現実の顧客(real customer)、現実の納期(real deadline)が必要であるとの信念を元に実施されている。学生の参加者は18名である。学習は、すべてノートブック上で行われる。ソフトウェアの開発過程において、無線LANが活用されることによって、学内のいたるところでミーティングが行われるようになったと報告された。グループ内では無線LANが活用され、また携帯電話で連絡を取り合うが、対面式(face-to-face)のコミュニケーションはなくなることはなく、かえってその重要性が明らかになった。

  情報・通信技術の未来
     シーメンス社の情報・通信技術が、今後、どのようなビジョンをもって研究開発されていくかの解説が、副社長からなされた。そのコンセプトの名前は、HiPATHである。

 HiPATHは、中規模から大規模の企業用IP統合プラットフォームで、社員数の増減に対応できる分散型アーキテクチャで構築されたインフラストラクチャである。携帯電話、
PDA、FAXなどさまざまなメディアをIP通信に統合し、シームレスなコミュニケーション環境を創造しようとしている。メッセージングと通信の統合、音声のデータ通信への統合、オンサイトのコードレス電話、イントラネット/インターネットのオンサイトへのワイヤレスアクセス、家庭や会社のネットワークから、あるいは移動中でも個々のワークステーションにアクセス可能などの機能が含まれている。これらの将来像を見せるドラマ仕立ての映像も用意されている。

  シーメンス社におけるe-learning
     シーメンス社のe-learning部門の責任者による解説がなされた。シーメンスのe-learning事業は、ソリューション・ビジネスとして展開されている。

 ソリューションの構成要素は、1)サービス、2)コンテンツ、3)インフラストラクチャから構成されている。顧客の状況や希望に応じてコンサルティングを行い(サービス)、学習コンテンツを開発し(コンテンツ)、サーバなどに実装する(インフラストラクチャ)ことなどのすべてのプロセスをパッケージ化して提供している。

 昨今、e-learningのインフラストラクチャは、競争が激しく高機能化が進むと同時に、低価格化が進行しており、製品の独自性が徐々に少なくなりつつある。それは、インフラストラクチャの導入だけで高い収益をあげることができなくなることを意味している。そこで付加価値を高めるため、ソリューション型のサービスを提供する製造販売会社が多くなってきている。特に、「システム導入時のコンサルテーション」「学習活動のファシリテータ育成プログラム」「学習効果の評価サービス」には高い注目が集まっており、これらを組み合わせてソリューションを構成する動きが進行している。

  Schools to the Net 活動
    Schulen ans Netz e.V. (Schools to the Net e. V.)

ア)プロジェクトの概要
 このプロジェクトは1996年から、学校における新しいメディアの活用を促進するため、連邦政府の研究教育省およびドイツテレコムの共同イニシアティブとして開始された。このプロジェクトの推進主体は、ボンにあるSchulen ans Netz e.V.というNPOである。
 現在の活動分野として、1)教師に対する教育用コンテンツ、ツールの提供、2)e-mail等の技術の提供、3)教師のトレーニングの3つが挙げられる。
 現在、このプロジェクトでは、ポータルサイトを運用しており(www.schulen-ans-netz.de)、これをプラットフォームとして以下のようなサイトを運営している。

1)www.lehrer-online.de:(teachers-online) : 初等/中等/職業学校の教員向けサイト
 このサイトでは、最新の教育関係情報、教員向けe-learning、著作権等の法的な情報等を提供する。また、各教科に応じた指導案の提供を行っている。これは、全国の教師が作成したものを事務局の専任スタッフ(教師、学識経験者など)が選考し、優秀なものをサイトより提供している。なお、選考された指導案を提供した教師には謝金が支払われる。
2)www.lo-net.de:
 このサイトはパスワードで管理されており、1)教師個人のe-mail管理、スケジュール管理等を行うprivate area、2)教師間で自分のアイデアを発表し、また意見交換ができるworkgroup、3)教師と生徒の参加による擬似的な教室空間であるvirtual classroom、4)教師向けのインターネット操作等のオンラインコース等が提供されている。現在、22,000人の教師が参加し、約1,000のworkgroup、約130,000人の生徒が参加する約10,000のvirtual classroomが形成されている。
3)初等教育において、教師や生徒が簡便にホームページを作成し、意見発表や意見交換が行えるようにホームページビルダー(www.primolo.de)を提供している。
4)www.leanet.de
 このサイトでは、登録制の女性教員向けサイトで、登録すると無料のメールアカウントが提供される。ここでは、教育関係の情報提供のほか、意見交換の場の提供、オンラインコースの提供等も行っている。
5)www.lizzynet.de
 12歳からの女子向けサイトで、教育関連の情報提供、意見交換、オンラインコースの提供等が行われている。ICT関連の女性の進出を促す機会を提供している。男性も参加可能である。


写真10・ディスカッション風景


イ)NPOによる運営についてのディスカッション
 わが国では、民業圧迫の観点から、民間がすでにサービスとして提供しているものを国が無償で提供することは難しい。そこでホームページビルダーを国が無償で提供することについてドイツの状況を質問したところ、ドイツでは、大学を除き教育に対しては政府が提供するものであり、そのサービスの一環として提供しているため、問題ない旨の説明があった(写真10)。この背景には、教育も一つのマーケットとしてとらえている日本の民間企業等に対し、教育は政府により提供されるドイツでは、民間企業等は、若年層がICTに関して知識や技能を身に付けることが、将来のマーケットの拡大につながるとして、長期的な視野で捉えていることが明らかになった。

 わが国においては、コンテンツの作成は基本的には民間の役割であり、各学校や地方の教育委員会はそれらの判断により必要なコンテンツ等を民間の企業等から購入していること、国のポータルサイトから情報やコンテンツを提供する際には、常に民間との役割分担に留意していることなどを説明したところ、このようなシステム(構造)に対して、非常に活発な議論がなされた。ドイツでは、サイトを運営しているのは国のサポートによるNPOであり、国(連邦政府)が直接運営するより、1)活動に自由度がある、2)全国の学校にコンテンツやツールを提供することができる等のメリットがあるとした。

 このような議論の背景には、1)ドイツでは教育は政府が提供するもの、したがって、2)ドイツでは教育用コンテンツに関しては短期的にはマーケットとして非常に限定的なものとなるが、長期的な視野においては、社会全体のレベルアップがマーケットの拡大につながると企業側が意識していることなど、日本とドイツでは教育の背景事情が異なることなどが考えられる。

 ドイツにおける女性専用のサイトは、女性のIT利活用を促進することが主たる目的であるが、このようなサイトが提供されている背景には、ドイツでは20年ほど前からあらゆる場面で男女平等の考え方が広まり、このようなサイトが生まれたとのことであった。

 ドイツでは、全ての学校がインターネット接続されているが、コンピュータの整備状況は生徒15人に1台であり、設備整備・維持に係る経費が高いことがネックになっているとのことであった。わが国では、ある民間企業が教育専用に低価格の端末の開発を行っているが、シーメンス社ではどうかと尋ねたところ、ドイツでは違った形で学校のIT化を支援しており、100社以上の企業が資金援助やノウハウの提供を行うといったイニシアティブが展開されているとの説明があった。

  高等教育機関における統合ICTシステム
     シーメンス社はグループの幅広い技術を使って、大学におけるサービスの導入と運用を開始している。それは、ビル管理技術、健康管理サービス、キャンパスにおける情報サービス、という3つの分野から成り立っている。そのサービス要素は、以下のものである。1)ITインフラとして、コンピュータ(クライアントとサーバ)製品を導入する。この中にはタブレットPCやPDAなども含まれる。さらにセキュリティの確保された無線
LANやアプリケーション、記憶装置に関する解決策などもある。2)Smart Cardをベースにしたシステムの提供をし、さらにPublic Keyという小指ほどの大きさの個人認証装置などを提供する。3)HiPathという統合アプリケーションを提供する。さらに、以上3つのサービスの導入、管理を統括してコンサルティングサービスを行っている。これらに関連する現在進行中の研究として現在、個人認証システムとしての音声認識や顔の画像から輪郭を3Dで取り出して認識するシステムの開発が進められている。

  シーメンス社のICT関連新製品
    ア)新タイプの携帯電話
 2003年2月19日発表。ビデオカメラ、音楽再生、FMラジオが統合されている携帯電話(写真11)。JAVAのプログラムのダウンロードおよび実行が可能で、個人情報管理システムやe-mailクライアント、ゲーム、パソコンやPDAのスケジューラとのシンクロ機能などもある。

イ)バーチャルマウス
 2003年3月5日発表。手のひらの2倍ほどの大きさの携帯電話に搭載された小型カメラが、ペンの動きをマウスの動きとしてとらえ、携帯電話のカラーモニターにその情報を送信する。ユーザーは画面に触れることなく、ペンを動かすことで携帯電話の各種機能を起動できる(写真12)。

写真11・新タイプの携帯電話 写真12・バーチャルマウス
    (Siemens press pictureより)

ウ)3Dタッチスクリーン
 2003年3月5日発表。手のひらに収まる大きさ(卵を平たくした程度)のタッチスクリーン式の携帯電話(写真13)。すべての機能がスクリーンを指で触るだけで画面に表示される。

エ)紙のようなディスプレイ
 2003年3月5日発表。「紙のようなディスプレイ」を持つ携帯電話は、最小の携帯電話のあり方を予感させる(写真14)。画面は、フレキシブルで、厚さは0.5ミリ、まるで紙のように筒状に巻いて、太い万年筆程度の筒に収めることができる。

写真13・3Dタッチスクリーン 写真14・紙のようなディスプレイ
    (Siemens press pictureより)


6. 訪問調査を終えて
   今回の海外訪問調査は、美馬のゆり(公立はこだて未来大学・教授)、関根仁博(文部科学省生涯学習政策局・課長補佐)、中原淳(メディア教育開発センター・助手)で行った。この報告の最後に3名の各視点からのまとめを以下に述べる。

  (1) まとめ
     調査研究を終えて、ICT教育の推進に関して、特に筆者が印象深かった点を以下の2点にまとめる。

  ICT教育の推進に関する国と民間の関係について
     既述したとおり、ドイツでは、1996年から、学校における新しいメディアの活用を促進するため、連邦政府の研究教育省およびドイツテレコムがSchulen ans Netz e.V.という
NPOを組織し、同団体がICT教育を推進するさまざまな活動をおこなっていた。

 近年、我が国おいても一部の学校のICT教育を、民間のNPOがサポートしている例が見られるようになってきたが、まだまだその数は多くない。教員研修・教員支援などを代行しようとするNPOも誕生しつつあるが、圧倒的に数が不足している。

 民間NPOは、1)民間から優秀なエンジニアやデザイナー、編集者などを任期付きのフルタイム、あるいはパートタイムで積極的に雇用できるという人事上のメリット、2)国のさまざまな制度からある程度自由に活動を行えるメリット、3)高い専門性をもったスタッフが現場をサポートできる、というメリット、などがある。

 こうした民間NPOを財政的に援助し、積極的に活用していくことが今後の教育行政にとって重要なことであると思う。

  携帯情報端末の利用について
      筆者は一昨年、米国の教育行政関係者、教育関連会社が出席する国際会議に出席したが、その際、驚いたことはPalmなどのPDAが積極的に現場に導入されようとしていることであった。

 周知のとおり、米国ではNo child left behind actが進行しており、1)学力低下をふせぐためのドリル学習システムとして、2)教室での授業の質を向上させるためのレスポンスアナライザとして、積極的にPDAが導入されようとしていた。ある教育省幹部は、一人の子どもに一台のPCを与えることは財政的に難しいが、PDAなら可能である、と述べていた。

 ひるがえって今回のドイツ・フィンランドの調査では、携帯電話ばかりでなく、携帯情報端末が教育実践現場で積極的に活用されている場面を目にすることはできなかったが、これがヨーロッパの特殊な事情であるか、そうでないかについては、今後も動向をモニタリングする必要がある。

 また、日本では、携帯情報端末の社会教育施設における利用は年々増えているし、携帯電話は高等教育や企業内教育においては積極的に利用されようとしている。今回の調査は、初等・中等教育における現状の把握が主旨であったが、初等、中等、高等、企業内教育という領域をこえ、携帯情報端末の教育利用の可能性について模索することも求められている。
(中原 淳)

  (2) まとめ
      今回調査を行ったフィンランドとドイツは、携帯端末機器メーカーとしては世界有数のノキア社とシーメンス社を抱え、携帯電話の普及率もかなり高い国であるが、今回調査した範囲では、残念ながら携帯電話等の携帯端末の教育分野への適用についてはまだまだこれからといった状況であった。この一因として、普及している携帯電話端末の機能の違いが挙げられると思われる。現地で一般に普及しているものは電話機能に加え短いメールのやりとりができる程度ものであり、日本のようにカメラが付属し、インターネットも閲覧でき、しかも高速データ転送が可能、といった端末の普及はこれからである(少なくとも現時点では普及しているとは言い難い)。一方、教育現場における教員からは、IT機器の操作の煩雑さ等が指摘され、より手軽で身近なIT機器へのニーズは日本と同様であること、フィンランドのタンペレ工科大学のように教育分野への携帯端末等の適用についての研究も行われていることから、我が国のような多機能の端末が普及すれば、携帯電話の教育分野への適用の可能性は十分あると思われる。

 今回携帯端末機器メーカーとして訪問したドイツのシーメンス社は、携帯端末等のIT機器のみならず、ネットワークやセキュリティ、これらに関するコンサルティングなどを総合的に提供している。教育分野を対象としたビジネスについては、主に高等教育分野を対象とし、パソコンのアカデミックプライス(学生割引)での販売やe-leaningシステムの開発、決済機能等を付加した多機能IDカードシステムの開発等の事業を展開している。シーメンス社では既述のとおり、その高い技術力により新たなICT製品が開発されており、その中には必ずしも教育分野を意識したものではないが、高等教育分野のみならず、初等中等教育分野や生涯学習分野等においても潜在的な利用可能性を持つものも含まれている。しかしながら現時点では、価格や認知度その他の点において、これらの製品が社会的に広く受け入れられるには未だ時間がかかると思われる。今後の動向を注視したい。
(関根 仁博)

  (3) まとめ
     今回の訪問調査から感じたことを2点に焦点を当て、ここで述べることにする。第1は、教育へのICTの導入政策の立案とその実行について、第2は、携帯端末などの情報機器開発と利用に関する文化の違いである。これらの2点から、わが国の今後の教育の情報化のあり方について考察する。

 

  教育へのICT導入について
   

ア)初等中等教育の情報化への対応政策について
 文部科学省は、初等中等教育の情報化への対応として、「情報活用能力」の育成をあげている。その情報化に対応した教育を実現するため、IT戦略本部が策定した「e-Japan重点計画」等に基づき、「2005年度までに、すべての小中高等学校等が各学級の授業においてコンピュータを活用できる環境を整備する」ことを目標に、教育用コンピュータの整備やインターネットへの接続、教員研修の充実、教育用コンテンツの開発・普及、教育情報ナショナルセンター機能の充実などを推進している。

 今回の訪問調査において、シーメンス社のe-learningの計画・実行の枠組みで、上述の計画を実行するための計画について、ここで見直してみることにする。その枠組みとは、e-learningをソリューション・ビジネスとして展開する際の、サービス、コンテンツ、インフラストラクチャの3要素のことである。その3つを計画する前に、現在抱えている問題、あるいは導入後の理想的な未来像を描く必要があることが前提となる。したがって、その枠組みとしての実行手順は以下のようになる。
1)システムを導入する上で、その場が現在抱えている問題は何であるのか、理想的な未来とはどのようなものかを明確にする
2)1)にしたがって、必要なコンテンツを明確にし、充実させる
3)1)にしたがって、必要なインフラを明確にし、整備する
4)上記の3つを実行する上での手順、必要な人材などを明確にし、実行する

 上述の手順をわが国における教育の情報化について考えてみる。まず具体的な施策として明確になっているのは、3)のインフラ整備である。2005年度までに学校のIT環境の整備として各学級で利用できるようにするとしていることである。また、2)については、コンテンツやデジタル・アーカイブなどの開発を行い、内容を充実させるとある。4)については、教員の指導力の育成や、教育情報ポータルサイト等の教育情報ナショナルセンター機能を整備し、国立教育政策研究所において運用するとある。

 しかしながらこれらの中で明確でないのは、1)の現在教育が抱えている問題をどのように解決し、これらの環境を整備した時点でどのような教育が行われるかの未来像がはっきりしない点である。e-Japan計画の中で教育の現状と課題は、「すべての国民がその恩恵を享受できる社会を実現するためには、インターネット等の高度情報通信ネットワークを利用し活用することができる能力を身につけることが必要である」「小中高等学校等におけるITの普及状況についても、パソコン1台あたりの生徒数やインターネット接続率が、米国と比較して大きく遅れをとっている」「ITを活用し既存産業の国際競争力を維持・強化していくためには、高度なIT技術者、研究者が不可欠である」というものである。この現状と課題を解決するためのITの教育への導入であり、ITを利用したことによる教育の未来像が描かれていない。

 つまりここで語られている導入への必然性は、高度情報化社会の恩恵を享受できるようにすること、米国に遅れをとっているので追いつくようにすること、国際競争力を高めるために人材を育成することである。この中には、IT関連機器の導入によって教育や学習の質がいかに変わるのか、あるいはその必要性については、まったく触れられていない。

 このような未来像の欠如は、2)のコンテンツの整備や4)の実行手順に深くかかわっている。どのような場面で利用するのか、何のために、という問題に答えられなければ、それをどのように普及させ、実現していくのかを具体化することはできない。

 このままの政策では、インフラを整え、コンテンツを揃え、コンテンツに関する情報を手軽に引き出せるようにしておけば、それでこの政策が完了するというようにさえ見える。問題は、現在利用していない教育関係者たちが、このような環境が整うことによって、よりよい授業を展開できるようになるとその恩恵を感じ、実行に移すようにすることである。そういった意味で、4)の実行手順や人材の養成の内容を明確にしていくことが必要となる。ここで述べている手順や人材とは、「インターネットにアクセスできる」「ワープロが使える」といった機器の利用の技能ではなく、ITを導入することによってどのような新たな教育が可能になるか、それを理解した上で授業を組み立て、実行できるようにすることである。そのような未来の教室像、教育像を描き、共有できるように政策立案、施行することが必要であると考える。

イ)教育の情報化政策を施行する実行組織としてのイニシアティブ
 上述の導入支援を行う実行組織として、ドイツにおけるイニシアティブのあり方は、参考になる。ここでいうイニシアティブとは、政府や民間の資金、経営力および技術力を活用してあるテーマに関し、建設、維持管理、運営等を行う組織運営の新しい手法である。

 急速に変化する社会的構造や技術革新の時代の中で対応していくため、従来の固定的なものではない組織のあり方、雇用のあり方が求められている。必要に応じて召集し、使命が終わるとともに解散するという体制が、新しい「もの」を創り出していくことには必要である。その中で、全く新しいものを創り出す、あるいは異質なものを組み合わせて価値を創造していくことができる。

 このような組織の体制は、e-Japan政策や教育の情報化政策の施行にふさわしい。今回の訪問調査において、ドイツの二つの対照的な組織を見ることができた。一つは州立学校教育研究所であり、もう一つは、Schools to the Netというイニシアティブの活動である。前者は、旧来の教育研究を「教育研究者」のみで行っている。学校種別の研究組織を横断する形で、教育の情報化についての組織を内部で作っている。しかしながらそこでなされている議論は、観念的なものであり、理想論を語るだけで、実験的な実践を試行錯誤的に実施するまでにいたるような身軽さを感じることはできなかった。これに対して後者は、教育関係者だけではなく、技術者や広報担当者など、多様な背景を持つ人々を必要に応じて集め、目標とする内容と時期を設定し、具体的に実行している。この中には、博士号を有する研究者も多数存在し、年俸制(この組織の場合は5年契約)で、「研究」ではなく、「開発」を行っている。

 このような状況から学ぶべきことは、必要に応じて課題を遂行する組織を結成し、実行し、役目が終わると解散するという、従来の固定的な組織とは異なるものを作れる環境を整えることである。そのような短期的な組織で重要なことは、理念(ビジョン)、歴史的視点、戦略を持つことであり、そこにかかわるメンバーの意識・問題・価値の共有である。急速に変化する社会に対応していくためには、従来の基礎から積み上げていく研究開発体制に加え、特定のテーマに特化した、テーマから人が集まり研究が始まるような学際的指向が求められる。専門や性別、年齢を超えた多様な人間関係を持った組織が、これまでにない、新しい「もの」を創造していくことができるのである。

  情報機器開発と利用に関する文化の違いと今後の方向
     今回の訪問調査で判明したことに、携帯端末の利用に関する文化の違いがある。フィンランドもドイツも、携帯電話の世界的な規模のメーカーが存在する国である。その国での携帯電話の普及率は、わが国とさほど変わらない。小学生に関しては、所有率は高くなっている。しかしながらそこで普及している携帯電話は一般あるいはビジネスにおいても、わが国に比べ、2年分ほど旧式であり、さほど機能がない。街を歩いていても電話で話しながら歩いている、電車に乗っている中で長電話をしている人を見かけなかった。教育省や研究所でも、携帯電話を含めた情報携帯端末の利用に関する研究開発は、あまり盛んではなく、近い将来の利用可能性もあまり検討されていなかった。

 このような状況の違いはどこからくるものであろうか。これらの国々では、携帯電話はあくまで「連絡」をとるものとして、存在しているように思われる。社会学者の分析によれば、わが国では携帯電話の出現によって若者のコミュニケーションのあり方が変化したことが指摘されている。それは、携帯電話は連絡の手段としてではなく、「他者とつながっていることの確認」や「自分の存在の確認」のためのツールとなっていることである。これに対し、今回の訪問国では、こういった意味での「コミュニケーション」のあり方はあまり変化がないように思われる。ニュースなどの映像からは、韓国や台湾など東アジア諸国では、日本と同じような現象が見られ、欧米とアジアの文化的な背景の差が存在するのかもしれない。このあたりはさらに考察をしていく必要がある。

 また、新しい機器、特に個人向けの小さな情報機器を、生活の中にすぐに取り入れようとすることも東アジア諸国の文化的な特徴ではないだろうか。米国ボストンにある子ども博物館の中には、現代の東京の姿が表現されている。その表現から読み取れることは、サイバー都市、近未来都市といった東京の姿であり、高層ビル群、高度に発達した都市交通、人口の密集などが強調されている。その展示は、実際の東京の地下鉄の車両で表現され、社内の吊り広告や、等身大の子どもから大人までの姿が写真パネルで置いてある。彼らはヘッドフォンで音楽を聴きながら、携帯電話を持ち、スナック菓子を食べ、コミックを読む。外に見えるのは、高層ビルとネオン街。まるで、SFに出てくるサイバー都市だ。高層ビルの乱立する都市において、電子機器に囲まれた個人の生活が特徴として現れている。

 こういった日本人の小物の電子機器好きは、利用者だけではなく、それらを開発する者にも存在する。遊び心を持った開発研究者、あるいは遊び心あふれる情報携帯端末の開発研究が数多く存在する。そのような研究は、ソフトウェア科学会のような学会のインタラクティブ・システムとソフトウェア研究会などで行われている。仮想現実、拡張現実、実世界指向インタフェースなど、人間とシステムとのさまざまなインタラクションについての研究である。例えば、博物館の展示手法の開発などでは、非接触ICタグを埋め込み、それを読み取るような、ウェアラブル・インタフェースを活用した展示解説支援や展示物への誘導システムの開発が行われている。

 しかしながらこういった研究開発は、教育研究者から見ると、教育的視点に欠け、情報機器を遊び感覚で開発しているだけのように思われる。一方、教育研究者は理論的な研究の域を出ない、「実験室」での研究を行っている。これらの状況を考え合わせると、わが国に独特な文化的特徴を活かした教育の情報化政策の施行、研究開発を行っていく可能性が見える。それは、「@イ)教育の情報化政策を施行する実行組織としてのイニシアティブ」で考察した、イニシアティブとしての組織作りである。情報携帯端末の教育場面での利用というテーマに特化し、機器開発研究者と、教育研究者、その利用について利用と運営を考えていく人々が集まり、研究開発が始まるような学際的指向の組織である。このメンバー構成は、@ア)で示したソリューション・ビジネスのあり方の、サービス、コンテンツ、インフラストラクチャの3要素と符合する。具体的な目標や使命を持った、短期的ではあるが実行性の高い、多様な専門性をもった組織を作ることが、わが国の文化的、技術的特徴を活かした、新しい「もの」を創造していく力となるであろう。
(美馬のゆり)