.調査研究にあたって

調査研究の意義と目的
坂元  昂

 この1年、また一段と社会の情報化が進んだ。学校には、ほぼコンピュータとインターネット接続が行き渡り、数年の内には、各教室からインターネットへの接続が可能となるいきおいである。2001年に始まった、e-Japan戦略とそれを具体化するe-Japan重点計画は、予想より早く実現し、現在新たなe-Japan戦略が、策定されようとしている。

 2002年11月には、OECD/CERIの国際会議が文部科学省との共催で東京で開かれ、また、2003年1月には、日本学術会議主催のITによる科学能力開発国際会議が沖縄で開かれ、世界の多くの国が、科学技術先進国に限らず、それぞれ、情報通信技術の教育利用による教育改革に、国家的な計画やガイドラインを設定して取り組み始めていることが示された。その中で、共通してとくに重要視されている事項は、環境整備、システム・ツール・コンテンツの開発・流通、および指導者養成である。

 今日、新しい時代に合った最先端の電子媒体が、多種多様に研究開発されてきており、それら電子媒体などを有効活用することによって、だれもが、"いつでも、どこでも、学習できる"状況が出現してきた。それにともなって、従来の伝統的な学びと異なる新しい学習スタイルも生まれてきている。

 学校という場を中心に、同一年齢集団に、教科書に準拠した一斉授業を主とした教育を行ってきた学校も、これらの新しい教育媒体の活用によって、学校の外の世界に散在している学習情報を即時に幅広く取り入れて学習の参考資料にすることも珍しくなくなってきた。それだけではなく、地域社会の様子について、自ら資料を集め、聞き取り調査をし、整理し、まとめた情報を、コンピュータなどを駆使して、見事な提示資料に表現し、ネットワークを通じて、世界に向かって発信する例すら出てきている。

 このような事態は、生涯学習にも見られるようになり、e-ラーニングの実践も始まっている。社会人が働きながら、ネットワークを通して、学習情報を、主体的に収集し、学習する事例も少なくない。さらに、自らの集めた情報を整理し、まとめ、見事なデザインのレイアウトでWebに載せて世界に発信する方もある。新しい学びの世界がネットワーク上で出現し始めている。

 しかし、現状では、ネットワークの回線速度、安定性、機器やソフトウェアの操作性、セキュリティのような技術面の課題が山積しているのみならず、ネットワーク上で活用できる教育情報やパッケージ型の情報媒体のためのコンテンツが不足している。学習資源となる情報自体は、世界の大学、研究所、博物館、科学館、美術館、官庁、公益法人、企業などに多量に蓄積されている。ただ、それらは、流通に適した形態に加工されておらず、社会に幅広く活用されるに至っていない。世界に多量に散在する人類の文化遺産や創造の産物をさまざまな形態で電子情報化して、電子媒体に載せたり、ネットワークに載せたりして多くの人類が活用するためには、基盤となるシステム、ツール、応用ソフトウェアを整備し、コンテンツを制作、蓄積、編集、流通させるための環境を築くことが必要である。情報ネットワーク自体の整備充実とともに、それらにつながり、あるいは、それらと組み合わせて活用できる各種電子媒体活用のためのさまざまな手だてや学習資源提供の有効な在り方がますます重要になる。

 本調査研究では、このような今日の社会的背景を考慮して、新しく開発されている各種の教育機器、学習機器、デジタル教具、応用ソフトウェア、ツールなどの開発と活用の現状について、民間や諸外国を含めた先端的な取り組みの諸事情を調査し、今後の新しい情報機器などの開発の方向や活用方策への示唆を得ることとした。


調査経緯

 国内の動向調査としては、調査用紙による最先端の情報機器などの開発状況と活用事例の収集、訪問調査、試行実践を実施し、海外調査としては、文献調査および訪問調査を行った。

 まず、国内の動向について、学習資源提供に適する最先端の情報機器などの開発状況、ならびに、それらを利用した新しい学習の工夫を探る現状調査を行った。

 調査方法は、関連企業に対し、学習資源提供を目的に開発した情報機器などについて、開発の現状を以下のような質問紙調査の項目に回答していただき、調査結果から、個々の機器などが教育の場でどのように活用されうるか、有効であるかについて検討した。

 調査の手順は、次のとおりである。


開発状況調査委員による調査用紙の作成。

  調査項目は、
    Q1 情報機器・システム名(具体的な内容・カタログの有無について)
    Q2 分類 (複数回答可)
       1)教育機器・システム
   2)一般向け情報通信機器・システム
   3)ユーザーインターフェース用機器
   4)ソフトウェア(教材・コンテンツは除く)
   5)デジタル文具
   6)その他
    Q3 情報機器型名・システム構成機器
    Q4 商品コンセプト
    Q5 利用方法
        1)学校教育 2)社会教育 3)家庭学習
        の該当するものに内容を記す
    Q6 価格・税別
    Q7 実践事例の有無
    Q8 御社での展示の有無
    Q9 該当機器の無償貸し出しの可能性
        の9項目であった。

  調査先として、情報機器メーカーについて、ガイドブックや展示出展社などのリストにもとづき、133社を抽出。

  調査依頼と調査用紙を調査対象先へ郵送。なお、メールアドレスを持つ企業へは、メールにても調査用紙を送信。

  調査期間は、平成14年11月5日〜平成14年11月20日。
    回収した調査用紙は、59社から133製品であった。
[ただし、Q1情報機器・システムの調査項目で、教材・コンテンツと思われる製品について回答してきた3社の12製品を調査対象外としたため、有効回答数は、58社121製品製品となった。]

その内訳は、次のとおりである。

教育機器・システム 46製品
一般向け情報通信機器・システム 8製品
ユーザーインターフェース用機器 2製品
ソフトウェア(教材・コンテンツは除く)  30製品
デジタル文具               0製品
その他                  5製品
複数項目にわたる回答           30製品

 得られた資料を、調査研究委員会において、Q2の分類事項を基に整理をした。その際、Q7実践事例有、Q8機器展示有、Q9無償貸出可の製品を抽出し、精査調査対象として選定した。なお、対象機器などの選出にあたっては、学習資源提供に適した最先端の情報機器の中から、活用の有効性や使い勝手の良さを考慮し、慎重に行った。  
 以下は、このような手順によって選出された、11社13製品のリストである。

 まず、実践事例のある製品については、  Q7・実践事例有製品 15社16製品が選定された。
 これら16製品については、開発企業を通じて、実践者へ事例報告を依頼した。集まった実践報告を精査した結果、そのうちの9件が、もっぱら大学教育のみでの活用事例であったので、本報告からは除き、次の7件についての紹介をすることとした【教育活用実践事例調査】参照。

(1)教育機器・システム
インターネットによる気象データ観測
(2)教育機器・システム/一般向け情報通信機器・システム
e-ラーニングシステムなどのインターネット利用遠隔教育、携帯情報端末
(3)教育機器・システム/一般向け情報通信機器・システム
デジタル顕微鏡、ハードウェア
(4)教育機器・システム/一般向け情報通信機器・システム
電子情報ボード
(5)教育機器・システム/一般向け情報通信機器・システム/ユーザーインターフェース用機器
音声再生本
(6)一般向け情報通信機器・システム/ソフトウェア
携帯情報端末・インターネットによるコミュニケーションツール
(7)教育機器・システム/ソフトウェア
e-ラーニングシステムなどのインターネット利用遠隔教育、e-ラーニングシステム

企業の展示場に展示してある製品については、2製品があった。
 Q8・機器展示有製品  2社2製品
 この2社2製品については、実践調査研究委員が、実地訪問調査を行った【実践先訪問調査】参照。


(1)ソフトウェア
映像ソフトウェア
近藤委員
(2)教育機器・システム
e-ラーニングシステムなどのインターネット利用遠隔教育
佐賀委員

機器の無償貸し出しに応じていただける製品は、3社からの4製品であった。
 Q9・無償貸出製品 3社4製品
 この4製品については、期間を設け、機器を借用し、各担当実践調査研究委員がそれぞれ推薦した実践先で活用し、状況報告を行った【モニター試用実践事例調査】参照。
 以下は、製品内容と担当実践調査研究委員名である。
(1)教育機器・システム/デジタル文具
手書き入力システム・ペンタブレット
天野委員
(2)教育機器・システム/ソフトウェア
映像サーバー・映像ソフトウェア
天野委員
(3)教育機器・システム
e-ラーニングシステムなどのインターネット利用遠隔教育
伊丹委員
(4)一般向け情報通信機器・システム
携帯情報端末
村上長彦氏(報告書執筆協力者)



海外調査の目的と経緯
 国内調査と並行して、海外調査を実施した。
 海外のこの方面での先進国において、学習資源提供の媒体としての情報機器などについて、それらの種類および開発状況を調査し、それぞれが教育の場においてどのように活用され、かつ効果を上げているか、また、そのような状況が、わが国の教育においても有効に当てはまるかどうかについて検討することとした。

 今回は、時間および予算の制約もあり、フィンランドおよびドイツの2カ国を対象国とした。この2国の選定にあたっては、フィンランドのノキア社、ドイツのシーメンス社が、それぞれの国において携帯電話等々の機器について、大きなシェアを誇るという点を考慮した。そして、これら2社から各社製品の活用実践機関先について、ご紹介をいただき、訪問先に組み込むこととした。

 その他の事前調査も参照し、次の5カ所を訪問調査対象先として選定した。

 フィンランドでは、  
  ヘルシンキ大学ICT教育センター
ヘルシンキ芸術デザイン大学メディアラボ
タンペレ工科大学ポリキャンパス高等マルチメディアセンター

 ドイツ連邦共和国では、  
  バイエルン州立学校教育・教育促進研究所メディアグループ
シーメンス本社(開発本部、経営本部、ミュンヘン工科大学とのプロジェクトについて、e-ラーニング部門、学校ネットワークについて)
を訪問し、資料収集ならびに面接聞き取り調査を行った。


 以下に、国内調査について、調査概要、実践先訪問調査、モニター試用実践事例調査、教育活用実践事例調査を、国外調査について、海外訪問実態調査による機器開発活用状況などの現状を報告する。