.委員による提言

5.シニアの学習資源により、戦略テーマになる生涯学習
堀池喜一郎

1. eラーニングの実践
 
表1 eラーニングの効果例
 筆者は、これまで地域社会に登場しなかった会社員OB型の元気な高齢者の地域デビューに関わってきた。企業活動を経て地域に戻ったシニアが結集して、地域の課題に取り組む「シニアSOHO」というプラットホーム(場の提供のネットワーク)を立上げた。300人の組織で主として地域のITサポートの仕事でこれまで2億円の協働事業を行政や企業との間で行っている。この仕掛けを学んで同様の活動をしたい人が多く、各地に伝播させる説明教材を作り、eラーニングとスクーリングを実施した。趣味の延長で「竹とんぼ教室のリーダー育成」も取り組んでみた(表1)。この過程でインターネット市民塾(以下e市民塾)系の東京e大学で講座を開設し、せたがやeカレッジの講座実践講座、わかやまe市民塾の教材作成もお手伝いしている。この体験で教材作成と講座実施のポイントや発生費用を経験できた。また、講座の目的を明確にして受講者の満足を高め、目的に沿ったコミュニティを作り、成果を生み出す実践のプロセスを理解した。
   
2. 受講者満足を高めるビジネスモデルを作る
   e市民塾系が、富山から東京、高知、横浜、和歌山、徳島と各地へ伝播している。また同じように地域でITを活用して生涯学習の効果を発揮している活動事例が多くなっている。インターネットで双方向テレビの活用(住民ディレクター:熊本、NPOフュージョン:多摩、いきいきネット徳島)、Web上の双方向地域情報提供(ささはたドットコム:東京、田舎ネット:兵庫、三鷹いきいきプラス)など。背景にブロードバンドのインフラ、学習管理ソフトのASP運用、自治体の危機感やNPOの地域情報化への参画の高まりがある。この魅力から今後も増えてゆくと思われる。これにより生涯学習の分野で発展が期待されるが、各e市民塾が一部を除いて、経営が順調とは言えない。今回ヒアリングした先も行政の補助金など支援に頼った運営状況にあり脱却策を探っている。

  図1 e市民塾の魅力と課題
表2 講座の問題解決への適応

この魅力と現実のギャップは何に起因するのだろう。e市民塾の魅力を見てみると、まずこれまでの生涯学習ではある程度、講座のテーマを幅広くしないと受講生を集められなかった。これがe市民塾では講師が極めて狭い目標のテーマで講座を開設できる。これはブロードバンド・アクセスが狭いテーマでの受講者集客ができるからである。講師も市民の中から多数参画でき、コンテンツの発掘が増え、地域の活性化が行われる。また、e市民塾ソフトのASPの利用により地域で簡易なインターネット学習の立上げができる魅力がある。学習ビジネスはニーズ(つまり受講生の抱える問題点)に満足を与える解決策(つまり講座が提供するもの)をマッチングさせるというモデルである。受講生の満足を実現する、講座テーマや授業法の計画、評価を行う必要がある。生涯学習もそのようなものと捕らえる必要があろう。だが現状の各e市民塾では資源の不足からか「講座がある」「講座の内容が優れている」というレベルに止まっていて受講生の問題解決に至る仕組みを持っていない。力不足である。e市民塾の魅力と課題の構造を図1に示す。問題点の解決策の提供には、「内容が良い」「利点がある」「個人的にも満足する」という3段階がある。ある知識を提供する講座、要望に応える対面対応講座、実践に即して共同できる講座の仕掛け、という講座サービスがそれに対応すると思われる。この講座の適応を段階毎に、表2に示す。従来型教室は、講師の効率が悪く、一般的で幅広い知識・ノウハウの提供に精一杯で、対面はできるが時間的に十分な対応ができない。インターネットだけのeラーニングでは、個別学習とマルチメディアの活用で知識の提供には効果を発揮するが、要望に応える利点の認識までは限界がある。インターネットと少人数のスクーリングを組合わせるe市民塾学習では、インターネットでマルチメディア教材の個人事前学習がある上での対面教室対応をするので効果的な要望対応ができる。さらに受講後も講師と受講生とのコミュニティを作ることで、受講生の実践に即した対応ができ、「個人的な満足」段階が可能である。しかし、講座でこのような講師と受講生のコミュニティ実現まで、e市民塾がフォローしているわけではなく、講師の力に任されている。ヒアリング事例のサイエンスサポートセミナー(独立行政法人国立オリンピック記念青少年総合センター)、通信制高校の教師対応(つくば開成高等学校)ではドロップアウト対策に一部実践例があるが、コミュ二ティ構築までの仕掛けが講座管理に組み込まれている訳ではなく報告やデータはない。筆者の行った竹とんぼ講師育成講座では、受講生が講師認定後のリーダー会を形成した。年間でメーリングリスト書込数150、ブログ発信記事数110、リアルな活動参加延べ204人/日を行っている。複雑な社会のリーダー的な活動に役立てる育成講座テーマには「個人の満足」の実現までの実践が必要であろう。「講座の内容がある」「利点を示している」に終わっていては、対価を受講生から得る継続するビジネスにはなり難いと思われる。各地に展開しつつあるe市民塾系だが、教育の専門家でない市民講師の育成推進は困難に思われるのか、一部を除いて取り組まれていない。しかしそれほど不可能なことではない。元気な高齢者(アクテイブシニア)は技術、知識、ビジネス手法を持つ。顧客満足を行うPDCAサイクルを身につけている。富山では生涯学習に従来から参加している人たちである。アナログ(現実)とデジタルネットワークの両世界のナビゲーターを次世代に対して務めることができる。各地のシニアネットのシニア情報生活アドバイザー認定など、ITを教える有資格者は3,000人を越える。したがって彼らはe市民塾の講師育成に対応できると思われ、価値観多様な知識社会で自分のコミュニティを作っていける。ここにどのような革新が行われれば、受講生満足が実現するビジネスモデルができあがるのであろうか。
   
3. e市民塾の革新:「コミュニティに至る講座の構築」
   e市民塾の課題(図2)の講座運営と講師育成プロセスを生涯学習の市民講師に相応しく構築することが求められている。

  図2 満足に至る《e市民塾》
図3 コミュニティに至るe講座の計画

  生涯学習でも「受講生分析」「到達目標」を明確にする
  インターネットを利用して狭い興味の沢山のテーマで受講生集客をする
 受講者の個人満足を得る「コミュニティ作り」
 生涯学習でも「受講生の活動効果の把握」をITを活用して行う
 eラーニング学習教材作成のコスト削減(動画+アニメ+ネット配信)

 このうち、について整理する(図3)。大事なことは、まず、講師やろうとすることを記述すること。何を誰にどのように講座をしようとしているのか、どのようなコミュニティをつくろうとしているのか、を明確にすること。そしてそのためになにを検討するのか。それが決まったら、どのように受講生に伝えるのか。などをキチンと行うこと。次に、それを分析する「分析シート」「計画シート」をプロバイダーが用意し、講師が活用すること。これにより講師の仕事が標準化され、そのテーマに専門性が生まれ、客観的に評価もできる。これらにより、地域に自信を持って講座を持ち世代間の交流をしてゆくシニアが生まれ、沢山のコミュニティができ、知の循環ができることになる。このため、各地の社会教育、生涯学習の施設に、こうした訓練と支援の仕組みが必要である。
   
4. 提言 〜地域の知の循環を構築し、世界へ日本の生涯学習コンテンツを輸出〜
  日本社会の現実世界の知恵は世界に役立つコンテンツ
 伝統と先端技術、自然と人工、異文化の融合、世界にも類の無い少子高齢化社会に対応しているわが国の「日常の知恵」「融合の生活」は世界に輸出できる大きなコンテンツである。わが国のシニアが蓄積した、現代と自然、伝統を行き来するコンテンツは英語、中国語、韓国語などに翻訳されるのは、それほど難しくない。独立行政法人メディア教育開発センターでコンテンツの国際化対応研究が行われている。2007年に、5万人の講師が国内で1千万人に伝える仕掛けができれば、2020年には50万人が世界の1億人に循環型のコミュニティつくりを広げることができる。世界と日本人の関係を変える、「大きな戦略的な知の輸出によるODA」になる。

2005年の具体策:各地に「e市民塾地域講座支援センター」を設置
 地域課題を解決して「満足」を作り出す世代交流のコミュニティを作る「到達目標」「効果の把握と評価」を中心とする講座マネジメントの手法で、生涯学習を評価可能な仕掛けにしてゆく。各地に配置する「生涯学習ジェネレータ」を育成。最初の仕組み作りは、全国平等にではなく、公募型の委託事業でモデルを作る支援策を行政が十分に説明を行い、実施する必要があろう。