.委員による提言

2.ITを活用した学習機会のパターンと今後の課題
浅井 経子

はじめに
   最近では大学、地域、企業等の生涯学習支援や研修で、さまざまなかたちでITが活用されるようになってきた。ここでは、生涯学習支援の中でも学習機会に着目し、ITを活用した学習機会パターンの抽出を通して今後の課題について考えてみることにしよう。
   
1. ITを活用した学習機会パターンの抽出
   まず、ITを活用した学習機会パターンを抽出するにあたり、一つの枠組みを提出することにしよう。その枠組みとは、次のような二つの観点から検討されるものである。

 第一は、学習機会を「既存の価値の拡張」であるか「新たな価値の創出」であるかの観点で分けることである。「既存の価値の拡張」についていえば、従来型の学習機会をIT活用によって“いつでも、どこでも”学習できるようにするといったものである。

 第二は、情報やコンテンツの提供に際して、「目的・目標が明確」であるか「アモルフ」(注)であるかの観点で大別することである。「目的・目標が明確」とは、学習目的・目標が設定され、それにしたがって情報やコンテンツが体系化、構造化されていることをいい、多くの場合、そこには専門的、教育的な配慮があると考えられる。教育的配慮については、ここではニーズや特性等に関して学習者への理解を深め、学習者にあったコンテンツの提供に努めることと考えることにしよう。そのような配慮なくしては、目標達成が難しいと考えられる。それに対して、情報やコンテンツの提供が「アモルフ」とは、情報通信ネットワークの自在さを利用して、学習者同士が自由に意見や表現したものを発信し合ったりすることをいい、どちらかといえば協調学習型、あるいは相互学習型の学習機会ということができる。

 もちろん、学習機会は上述したような二分法に基づく観点ではっきりと分けられるものではない。「既存の価値の拡張」といっても、ITを活用することによって既存の価値を越えた価値が生じる場合が多いし、「新たな価値の創造」といっても従来から行われてきた学習機会を基盤にしていることはいうもでもない。情報やコンテンツの提供に際して「目的・目標が明確」であるか「アモルフ」であるかといったことについても、個々の事例で違いがあり、容易にパターン化されるものではないであろう。したがって、これらの観点で分けることはあくまで程度の差であり、大まかな傾向をいうにすぎないことをお断りしておこう。

 それでは、学習機会パターンの抽出であるが、第一の観点を横軸にとり、第二の観点を縦軸にとり、交叉させることにしよう。それによって、図1のような四つの象限ができ、そこにの学習機会パターンを抽出することができる。


  図1 IT活用による学習機会のパターン
   
2. IT活用による学習機会提供パターンとその事例
   それでは次に、の学習機会パターンの具体例について考えてみよう。図2は、図1に事例を入れたものである。

のパターン[既存の価値の拡張型で、コンテンツ提供の目的・目標が明確な学習機会]
 バーチャル大学・高校、遠隔公開講座、企業のe研修等があげられる。大学の授業、公開講座、企業内研修等の従来からある学習機会を、ITを活用することによって“いつでも どこでも”提供しようというものである。コンテンツの内容考えてみても、目的・目標が明確で、専門家によって体系化、構造化されている。
 事例としては、日本大学通信制大学院、八洲学園大学、つくば開成高等学校、エル・ネット「オープンカレッジ」、NTTレゾナント株式会社のeラーニング研修、国立オリンピック記念青少年総合センターの青少年指導者e研修等があげられる。

のパターン[既存の価値の拡張型で、コンテンツ提供がアモルフな学習機会]
 テレビ会議システム活用による交流活動、多機能デジタルカメラ等活用の情報収集・発信などがあげられる。交流活動は従来から対面等で行われてきたが、ITを活用することによって遠隔地の人々の交流が可能になる。また、これまでは文字や写真等で収集した情報を冊子等にまとめて配付したりしてきたが、ITを活用することにより瞬時に発信することができる。これらの場合、情報やコンテンツ提供による学習目的・目標が必ずしも明確にされているとはいえず、学習者が自由自在に活動したり自己表現したりする形態ということができる。
 事例としては、インターネットテレビ会議システムを活用した学習グループ間の交流、携帯情報端末を使った情報収集と発信などがあげられる。

  図2 IT活用による学習機会のパターンとその事例


のパターン[新たな価値の創出型で、コンテンツ提供がアモルフな学習機会]
 幾つかの地域で実施されているインターネット市民塾、電子ギャラリーなどをあげることができる。インターネット上に市民が学習成果を生かしてコンテンツを作成、発信し、広く人々に学んでもらうというものである。その場合、必ずしもコンテンツ提供の目的・目標が自覚され、体系的、構造的に配列されているわけではないであろう。そのコンテンツを使って学ぶ人がいるという点で学習機会の一つであるが、コンテンツ作成者の自己表現の機会としての性格が強いように思われる。
 もちろん、これまでも市民講師による対面の講座は存在していた。しかし、ITを活用することにより多くの人々が市民講師になるなど、新たな潮流を生み出していることは間違いなく、その意味で「新たな価値の創出」といえるように思われる。
 事例として、富山インターネット市民塾、横浜・神奈川e−市民塾みらい、東京e大学、富山県、愛知県、兵庫県、島根県、山口県、長崎県の電子ギャラリーなどをあげることができる。

のパターン[新たな価値の創出型で、コンテンツ提供の目的・目標が明確な学習機会]
 市民による自己表現活動を専門的、教育的観点から再構成した講座などをあげることができる。教育関係の専門家のアドバイス等が入ることにより、学習目的・目標が明確になるものと期待できる。実際には、まだまだ未開拓の領域といえる。

今後の課題
 まず、学習機会提供の際のIT活用の意味について考えてみよう。時間・空間を越えることができることのほか、“人間を生かす”ということがあげられるように思われる。具体的にいえば、ITを活用することによって、自由に自己を表現したり意見を発表したりすることのでき、多くの人々の共感をよんだり互いに刺激し合ったりすることができる。

 ただし、ITを活用して自己表現したり学習成果を発表したりすることを通して、他者に学習機会を提供しようとする場合には、自己を越える努力が求められるように思われる。自己を越えることについてはいろいろな考え方があろうが、ここでは、社会や学習者を理解することに努め、さらに社会の要請や学習者の特性、ニーズにあったコンテンツを提供しようと努めることと考えられるのではないであろうか。

 人間(自己や他者)を生かし、かつ自己を越えた学習機会をつくるという点で、の学習機会パターンの充実が今後の課題となるように思われる。したがって、今後は、インストラクショナル・デザイン技術をもった教育系指導者が市民のコンテンツ作成を支援する体制整備が必要になると思われる。そのような指導者のアドバイス等を受けることによって、市民はより質の高いコンテンツを作成することができるようになると期待できる。
 
(注)本来は「無定形の」という意味。ここでは、活動目的・目標との整合性を厳密に吟味せず、思いのまま、学習と学習支援が不分離なかたちでコンテンツ等を提供したりすること。